食品トレーサビリティの取り組みと導入メリットとは?課題点や事例を紹介
食品トレーサビリティは、食の安全を確保して消費者を守る仕組みです。推進のため関連する法律の整備やマニュアルの提供が行われていますが、導入には課題もあります。
本記事では、食品トレーサビリティの定義や重要視される背景、現状と課題、導入方法を詳しく紹介します。食品トレーサビリティの導入を考えているものの、コストや業務負担が気になる企業はぜひ参考にしてください。
食品トレーサビリティとは?定義を紹介
食品トレーサビリティとは、食品が生産、加工、流通、消費に至るまでの各過程で、いつ、どこで、何が関与したのかを追跡・記録する仕組みをさします。「Trace(追跡)」と「Ability(能力)」を組み合わせた言葉で、食品の流れを「追跡可能」にする概念やシステムです。
食品トレーサビリティが重要視される背景
食品トレーサビリティが注目される背景には、食品の安全性や信頼性に関する課題の増加が挙げられます。近年、食品偽装や食品事故などが発生し、食品トレーサビリティが求められる背景のひとつになりました。
また、海外からの食品の輸入も年々増加しており、2022年時点の農林水産物輸入額は10年前に比べて約2倍です。食品トレーサビリティは、安全性や品質を保証するための仕組みであり、問題が発生した際も迅速に特定し、適切に対処するための仕組みとして重要視されています。
食品トレーサビリティが重視されるとともに、関連する法律も整備されています。食品トレーサビリティに関連する法律は後述しますので、参考にしてください。
また、気候変動や世界人口の増加の影響により、食料資源の持続可能性も課題です。食品トレーサビリティは生産から消費までの流れを透明化するため、効率的な資源利用や食品ロスを削減する手段として注目されている技術のひとつです。
食品ロスについてより詳しく知りたい方は、以下の記事もあわせてご覧ください。
食品事故や食品偽装の事例
例えば、過去には以下の事例を含め、多くの食品事故や偽装問題が発生しています。
食品の安全性や信頼性が疑問視される出来事が多く、食品トレーサビリティの必要性が高まる要因のひとつになりました。
近年の食品事故の発生状況
食品事故の件数は減少傾向にあるものの、食中毒だけに限っても毎年1,000件程度発生しており、なかには食中毒によって死者が出たケースもあります。令和元年(2019年)からの食中毒発生状況のデータは以下のとおりです。
食中毒の原因は、細菌(カンピロバクターやウェルシュ菌など)やウイルス、寄生虫、自然毒など様々です。季節や時期によって原因別の発生状況は異なるものの、食中毒自体は年間を通して発生しています。
食品事故を未然に防ぐことや、発生した際に迅速に対応し拡大を防ぐためにも、食品トレーサビリティの導入が重要です。
食品トレーサビリティに関連する日本の法律
食品トレーサビリティに関する法律は、アメリカやEUでも制定されています。日本で制定された法律は以下のとおりです。
- 牛トレーサビリティ法
- 米トレーサビリティ法
- 食品衛生法
概要を簡潔に紹介します。
牛トレーサビリティ法
牛トレーサビリティ法(通称:牛トレサ法)とは、牛の出生から流通・消費に至るまでの情報を追跡可能にするために制定された法律です。正式名称は「牛の個体識別のための情報の管理および伝達に関する特別措置法」です。
この法律は、2003年のBSE(牛海綿状脳症)問題を受けて、まん延防止の的確な実施のために制定されました。国内で飼養される全ての牛(輸入後に国内で飼育される牛を含む)には、10桁の個体番号が指定された耳標(タグ)の装着が義務付けられています。また、出生・譲渡・死亡などの情報を管理者が届け出る必要があります。
畜者や流通業者には、個体識別番号の記録・表示・伝達、追加仕入れ・販売記録の保存が求められます。この仕組みにより、国産牛肉の生産履歴はインターネットを通じて確認可能です。
米トレーサビリティ法
米トレーサビリティ法(通称:米トレサ法)とは、日本国内で流通する米や米製品の生産・流通履歴を追跡可能にするために制定された法律です。正式名称は「米穀等の取引等に係る情報の記録および伝達に関する法律」です。
対象品目や対象事業者は、以下のとおりです。
上記の他、記録が必要な項目や記録の仕方、記録の保存期間、産地情報の伝達の仕方、産地情報の伝達が不要となる場合などが細かく定められています。
食品衛生法
食品衛生法には、仕入れ元および出荷・販売先等に係る記録の作成・保存に関する努力義務が明記されています。2018年6月には15年ぶりに大幅な改正が行われ、以下の項目が強化・導入・創設されました。
- 大規模または広域におよぶ「食中毒」への対策を強化
- 「HACCP(ハサップ)に沿った衛生管理」を制度化
- 特定の食品による「健康被害情報の届出」を義務化
- 「食品用器具・容器包装」にポジティブリスト制度を導入
- 「営業許可制度」の見直しと「営業届出制度」の創設
- 食品等の「自主回収(リコール)情報」は行政への報告を義務化
- 「輸出入」食品の安全証明の充実
なかでも「特定の食品による「健康被害情報の届出」を義務化」は食品トレーサビリティに大きく関わる改正点です。
食品等の製造者や販売者は、以下の理由で商品の自主回収を行った際に、情報を原則オンライン上で入力し、管轄の自治体へ届け出ることが義務化されました。
- 大腸菌による汚染や硬質異物の混入等(食品衛生法違反または違反のおそれ)
- アレルゲンや消費期限等の安全性に関係する表示の欠落や誤り(食品表示法違反)
的確な監視指導や消費者への速やかな情報提供につなげ、食品による健康被害の発生を防止するための法律です。
食品トレーサビリティへの取り組みやシステム導入の現状
農林水産省の調査では、業者の出荷記録の保存に関して以下のデータが公表されています。
調査対象であるいずれの業者でも「出荷の記録を全て保存している」と回答した割合は約6〜7割です。つまり、約3〜4割の業者が完全には出荷の記録を保存していないと分かります。
記録できていない理由には、「取扱数量が少ないため」「記録の保存は要求されないため」「入出荷記録の重要性が低いと感じているため」「人手が不足しているため」などが挙げられており、記録表の整理や作業量の増加が負担と感じる業者も少なくありません。
食品トレーサビリティに取り組むためのリソース不足や、具体的な方法が分からないなどの理由から、特に中小零細企業で食品トレーサビリティが進んでいないとの現状も問題視されています。農林水産省では現状を踏まえて、食品トレーサビリティを推進するため、導入の手引きやマニュアルを作成して提供しています。
食品トレーサビリティの課題
食品トレーサビリティに関する課題は以下のとおりです。
- システム導入にコストがかかる
- 情報改ざんが容易
- サプライチェーン全体での協力体制が必要不可欠
それぞれ詳しく紹介します。
システム導入にコストがかかる
課題のひとつは、食品トレーサビリティシステムの導入にコストがかかることです。
個体識別番号の付与やデータ管理のための専用ソフトウェア、ハードウェア(バーコードスキャナーやRFIDタグなど)の購入費用や、運用するための人員や教育のコストが発生します。中小規模の事業者にとっては、初期投資が大きな負担となるケースも少なくありません。
また、システムの運用には定期的なメンテナンスやアップデートも必要です。維持費用を含めると、長期的な目線でコストに関する課題を解決しなければなりません。経済的負担を軽減するためには、効率的なシステムの導入や、他の企業との共同運用などの対策を講じる必要があります。
情報セキュリティの強化
情報セキュリティの強化も大きな課題です。
食品トレーサビリティではデジタルデータが使用される傾向にあるため、システムやセキュリティによっては、不正にデータを改ざんできる可能性があります。データベースにアクセスできる関係者によって誤った情報が入力されたり、意図的に不正な情報が記録されたりするリスクがあるため、注意しなければなりません。
改ざんのリスクを軽減するためには、システムのセキュリティを強化し、情報の更新履歴を適切に管理する仕組みが求められます。
近年、改ざん防止策として注目されているのが「ブロックチェーン技術」です。ブロックチェーンとは、取引履歴を暗号技術によって過去から1本の鎖のようにつなげるため、一度記録されたデータは改ざんが難しい仕組みを提供する技術をさします。
ただし、情報入力の負担が大きい、ロットごとの管理が難しいなど、ブロックチェーン自体の課題もあります。
サプライチェーン全体での協力体制が必要不可欠
食品トレーサビリティを実現するためには、サプライチェーン全体での協力体制が不可欠です。食品は生産者、加工業者、流通業者、小売業者など、多くの段階を経て消費者に届くため、各段階で正確な情報が記録され、共有されなければなりません。
各企業が異なるシステムや方法を使用していると、情報の共有や連携がスムーズに進まないなどの問題が発生します。全ての関係者が共通のプラットフォームや基準を使用し、システム間で情報を一貫して共有できる仕組みが必要です。
食品トレーサビリティを導入する具体的なメリット
食品トレーサビリティを導入する具体的なメリットは以下のとおりです。
- 食品事故発生時に速やかに対応できる
- 食品の情報を視覚的に確認できる
- 食品ロス削減につながる
それぞれ詳しく紹介します。
食品事故発生時に速やかに対応できる
食品トレーサビリティのメリットのひとつは、食品事故発生時に迅速に対応できる点です。トレーサビリティシステムを導入すると、製品の生産から流通までの全ての履歴が記録され、問題が発生した場合には、どの製品がどの段階で問題を抱えているのかを即座に追跡できます。
食品事故が発生した製品を迅速に特定し、消費者への影響を最小限に抑えられる点が食品トレーサビリティの目的であり、最大のメリットです。
食品の情報を視覚的に確認できる
食品トレーサビリティは、消費者が商品の情報を簡単に確認できる仕組みを提供します。例えば、バーコードやQRコードを用いたシステムにより、消費者はスマートフォンなどを使って商品の生産履歴や流通経路を瞬時に確認できます。
商品の安全性や品質など、食品だけでは判断できない情報を取得できるため、消費者にとって安心感が高まるでしょう。
食品ロス削減につながる
食品トレーサビリティの導入は、食品ロス削減にも貢献します。食品トレーサビリティでは生産から消費までを追跡するため、商品の消費期限や流通状況をリアルタイムで把握でき、正確な在庫管理が可能です。
過剰な在庫を避け、需要に応じた適切な生産や配送が行えます。賞味期限が迫った商品や売れ残りの商品を早期に特定し、販売促進や値引き、フードバンクへの提供などの対策を講じることも可能です。
上記の例をはじめとする仕組みにより、売れ残りや賞味期限切れにより廃棄される食品ロスを減らし、環境負荷の軽減やコスト削減に貢献します。
食品トレーサビリティの具体的な取り組み方法
食品トレーサビリティの具体的な取り組みは、大きく「基礎トレーサビリティ」、「食品の識別」、「内部トレーサビリティ」に分けられます。
基礎トレーサビリティでは、入出荷記録を作成・保存します。記録・保存する具体的な内容と項目は以下の4つです。
食品の識別は、入荷品や製品にロットを定めてロット番号を表示し、ロットごとに取り扱えるようにするステップです。
その後、入荷(原料)ロットと製造ロットを対応付ける内部トレーサビリティに進みます。内部トレーサビリティは、具体的にどの原料を、どの製品に使用したかなどを記録し、保存するステップです。
上記の取り組みにより、食品事故が発生した際に、問題のある製品をスムーズに絞り込むことができ、回収や原因の究明も進めやすくなります。
導入の手引きやマニュアルの活用もおすすめ
日本では食品トレーサビリティを推進するため、農林水産省をはじめとする関連機関から導入の手引きやマニュアルが提供されています。内容は、食品トレーサビリティの意味や効果を詳しく解説するものや記録様式など様々です。
農産業、漁業、製造・加工業、小売業など、業種に分けられているため、自社の業種にあったマニュアルをダウンロードして参考にするとよいでしょう。
食品トレーサビリティを導入した企業の事例
食品トレーサビリティの導入を検討する際は、実際に活用されているシステムや導入している企業の事例を参考にするのがおすすめです。
例えば、食品トレーサビリティを効率化するため、販売管理・生産管理・在庫管理の機能を持つITシステムを提供している企業があります。ITシステムでは、データ(原材料入荷予定、製造指示、出荷指示など)が一元管理されており、業務に必要な帳票の出力が可能です。
さらに、データはハンディターミナルと連動しているため、商品の受け入れ時には棚入作業の流れのなかで、ハンディターミナルを用いた正確な在庫管理も可能です。食品トレーサビリティの業務効率化なら、ITシステムの導入は有効な手段のひとつです。
また、手作業によるミスや複雑な記録表などにより、正確なトレースバック(遡って食品の移動記録を辿る方法)に悩んでいた企業では、データとも紐付けされた原料トレースシステムが採用された事例があります。
製品情報と紐付けたQRコード※を活用することで、人的ミスや原料ロットのトレース時間の大幅な削減に成功した事例です。システムを活用すれば、作業員ごとの能力の差に依存しないため、人為的ミスの他、人材確保に悩んでいる企業の課題解決にも貢献します。
※QRコードは株式会社デンソーウェーブの登録商標です。
食品トレーサビリティの導入を検討しているなら「食品衛生イノベーション展」へ
食品トレーサビリティは、法律の制定など国主導で推進されています。しかし、コストや業務負担により、導入を躊躇している企業も多いのではないでしょうか。食品トレーサビリティの導入を検討しているなら、ぜひ「食品衛生イノベーション展」にご来場ください。
食品衛生イノベーション展とは、食品製造の重要なテーマである「食品衛生」に特化した展示会です。食品トレーサビリティの課題解決のヒントになるHACCP関連やAI技術の展示をはじめ、食品工場の衛生対策に役立つ外観検査、監視カメラ、入退室管理、洗浄・殺菌、衛生・クリーン資材などの商材を提供しているメーカーや商社、部門が多く出展・来場します。
会場には、食品トレーサビリティの導入や食品衛生に関する最新ソリューションが出展しますので、会社の課題解決への糸口としてご活用いただけます。
展示会へは、事前登録をすれば無料で入場可能です。関連サービスや製品を扱う企業なら、出展側として参加することも可能なため、自社製品の認知度向上や他社との交流の機会にもご活用いただけます。具体的な商談の実現・リード案件獲得につながる可能性があるので、ぜひ出展もご検討ください。
■食品衛生イノベーション展 東京 2025
会期:2025年12月3日(水)〜5日(金)
会場:幕張メッセ
食品トレーサビリティは食の安全を守る重要な取り組み
食品トレーサビリティは、食品の生産から消費するまでの過程を記録し、追跡・管理する仕組みです。事故が発生した際には速やかな対応を可能にして拡大を防ぐための重要な仕組みであり、消費者に提供される食品の安全を守る取り組みです。
サプライチェーン全体で取り組む必要がある他、食品トレーサビリティに関連する法律の整備も進んでいるため、食品業界に関わるのであれば、避けては通れません。
コスト負担や業務負担により、食品トレーサビリティの導入が難しいと感じている企業の方は、ぜひ「食品衛生イノベーション展」にご来場ください。食品トレーサビリティなど食品衛生に関連するトレンドや有益な情報の収集が可能です。来場側、出展側の双方にメリットがありますので、ぜひご検討ください。
■食品衛生イノベーション展 東京 2025
会期:2025年12月3日(水)〜5日(金)
会場:幕張メッセ
▶監修:宮崎 政喜(みやざき まさき)
エムズファクトリー合同会社 代表 / 料理人兼フードコンサルタント
出身は岐阜県、10代続く農家のせがれとして生まれ、現在東京在住。プロの料理人であり食品加工のスペシャリスト。また中小企業への経営指導、食の専門家講師も務めるフードコンサルタントでもある。飲食店舗・加工施設の開業支援は200店舗以上。料理人としてはイタリアトスカーナ州2星店『ristorante DA CAINO』出身。昨今、市町村や各機関からの依頼にて道の駅やアンテナショップも数多く手掛ける。今まで開発してきた食品は1000品目を越え、商品企画、レシピ開発、製造指導、販路開拓まで支援を日々実施している。
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